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2026.02.08
カテゴリー:医療
今回は医学の歴史の話となります。
近代以前の西洋医療というのは今から考えるととんでもない代物が多く、「受けないほうがまし」とさえ言えるものでした。武器軟膏という偽治療が生まれるくらいにはひどいものでした。(武器軟膏というのは簡単に言うと、傷つけられた傷ではなく、傷をつけた武器の方を治療したほうが傷が早く治るというものです。実際早く治ることが多かったようですが、これは不潔で効果のない薬をぬるなど傷をかえって悪化させるようなことをしていたためでした。)
そのような時代ではありますが、痔瘻に対しては適切かつ現代に近い手術が行われた記録があるのです。
それがルイ14世(1638-1715)というフランスの王様です。
ルイ14世といえば「太陽王」とも言われるフランスの有名な王様ですが、この王様は痔瘻の近代に近い手術を受けた最初の人物としても知られています。実際にはもっと前にも痔瘻の適切な治療を受けた人はいるのかもしれませんが、文献に残っているのはルイ14世が最初です。
ルイ14世が受けた医療というのは痔瘻についても、またそれ以外についても大変に興味深いものですのでそのあたりについても伝えていきたいと思います。
痔瘻の手術についてはある意味輝かしい医学の勝利と言えますが、ルイ14世が痔瘻になるまでの経過については「痔瘻になるべくしてなった」様々な要素があるのも事実です。
ルイ14世の侍医であったアントワーヌ=ダカン(Antoine d’Aquin)は「あらゆる病気は歯が原因である」という持論を唱えました。この思想は「ある意味では」慧眼とも言えるものです。最近では脳梗塞や心筋梗塞などといった血管疾患についてはいわゆる高血圧やコレステロール、糖尿病といった生活習慣病だけでなく、歯槽膿漏などから入ったばい菌なども関連する場合があるとする学者もいます。このため、歯の健康の維持は健康の維持のためにも重要な要素であったりするというのは近年の医学の定説でもあります。
しかし、ルイ14世の主治医が取った治療法は歯磨きの励行や歯間ブラシの開発ではありませんでした。
なんと「歯を全部抜く」 ーこれが治療方針でした。
親不知を何本か抜いたことのある方はわかるかも知れませんが、健康な歯、永久歯を抜くというのは現在でもそれなりに難儀なこととなります。しっかり麻酔を行い、清潔な器具で手早く抜歯しても数日は熱が出たり、固形物は食べられなかったりします。
しかし、当時は麻酔もなく、また消毒の概念を発見したとされるゼンメルワイス(1818-1865)よりかなり前の時代でしたので器具などの消毒は行われたかどうか疑問です。歯を抜いた後は焼きごて(熱した鉄)で消毒されました。この処置もなかなかひどいですが、熱で消毒するということは行われていたようです。
ルイ14世はこの手術を14回 なんと全て麻酔無しで!! 受け、すべての歯を抜きました。これだけでも驚異的なことですが、歯を抜くというのは抜いて終わりというわけではありません。抜いた後の生活があるわけです。
歯というのは人間の最初にして非常に重要な消化器官の一つであり、噛まずにただ丸呑みにばかりしているのではうまく消化が行えません。ルイ14世はこの処置により、長い時間にわたり煮崩して、柔らかくなったホロホロ鳥や雉の肉しか食べられなくなってしまいました。しかも彼はかなりの大食い、かつ大酒飲みであったので、常時下痢に悩まされていたと言われており、トイレで政務を行ったなどという記録も残っています。1日の排便回数は14-18回もあったと言われています。また、一方で便秘になることも非常に多く、障害で2000回以上も浣腸を受けたということで、「浣腸王」などという異名もついています。
ここで、痔瘻の原因を考えてみましょう。
痔瘻そのものは肛門から2cmほど入ったところにある、肛門陰窩という場所にばい菌が入り、感染を起こしたものです。これについては偶然もあり、同じ人が同じ生活を送っていても痔瘻になる場合とならない場合があります。
しかしそれと同時に、痔瘻にはいくつかの危険因子があるとされています。痔瘻についての詳しい説明はこちらを御覧ください
その代表的な物が飲酒と下痢とされています。一方で浣腸での無理な排便なども痔瘻の原因となる場合があります。
恐らくこれも原因の一つとなったのでしょう。ルイ14世は痔瘻となってしまいました。
痔瘻からは膿が出て悪臭を放つ事もあったようです。(実際にはこれ以外にも歯を全て抜いた悪影響で、歯を抜いたあとのくぼみに食べかすがはまり込みひどい口臭があったという話も残っています。)宮殿での生活は現代人の感覚からするとなかなか辛いものがあったのではないでしょうか。
痔瘻については当初は先程出てきたアントワーヌ=ダカンにより保存的療法や瀉血が行われていましたが、治癒しないとして主席外科医であったフェリックスに治療がまかされました。(抗生物質が発明されている現在でも保存的治療で痔瘻が治ることはめったにありません)
当時の医師というのは医学者であり、内科医のことを指しており、手術を行うのは「床屋外科医」という職業の人でした。先程の抜歯なども実際にはアントワーヌ=ダカンの指示のもと「床屋」が行いました。当時は内科の医師と比べて外科医のちいは低かったと言われています。
手術を担当することになったフェリックスは,国王の体にメスをあてるので,絶対に失敗の許されない手術を実施する前に多くの痔瘻患者を集めて,そのすべてを自らが執刀することにより安全な手術手技の確立をはかったと言われています。
1686年11月18日早朝、ヴェルサイユ宮殿の2階にある「牛の目のサロン」に臨時の手術室を設け、ルイ14世は痔瘻の手術を受けました。「ロワイヤルの曲線」という今で言う「曲がりゾンデ」のような道具を使い、痔瘻のトンネルの方向を探り、痔瘻のトンネルを解放するという手術です。手術は麻酔無しで行われましたが、ルイ14世は痛みに耐え、無事に手術は終了し、痔瘻は治りました。ルイ14世は手術当日には政務を行うことができたと言われています。ルイ14世はこの結果を大変に喜び、この事により外科医の地位も向上したとされています。
この手術と似たような手術は現在でも行われていますが、現代では当然ながら麻酔をして手術を行います。(非常に単純な痔瘻については外来で局所麻酔で手術を行うこともあります。)
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